東京地方裁判所 平成7年(ワ)20027号 判決 1997年12月22日
主文
一 被告は、原告に対し、金五九五万六七〇九円及びこれに対する平成七年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行できる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し、金九九二万七八四九円及びこれに対する平成七年二月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 被告は、生命保険事業を目的とする会社である。
2 原告、黒部智子及び北村敬子は、昭和五二年二月一日、それぞれ被告との間で、次のとおりの保険契約を締結した。なお、原告は被保険者北村信雄(以下「信雄」という)の妻、黒部智子はその長女、北村敬子はその二女である。
(一) 原告関係
(1) 保険の種類 新種特別養老保険
(2) 契約者 原告
(3) 被保険者 信雄
(4) 保険金受取人 原告
(5) 保険期間 昭和五二年二月一日から平成一九年一月三一日
(6) 保険金額 金六〇〇万円
(7) 保険金の支払時期 調査のため特に日時を要する場合のほか、保険金請求に必要な書類が会社の本社に到着してから五日以内に、本社で支払う。
(8) 団体月掛取扱特約付
(二) 黒部智子(契約当時は北村智子)関係
(1) 保険の種類 新種特別養老保険
(2) 契約者 北村智子
(3) 被保険者 信雄
(4) 保険金受取人 北村智子
(5) 保険期間 昭和五二年二月一日から平成一九年一月三一日
(6) 保険金額 金六〇〇万円
(7) 保険金の支払時期 調査のため特に日時を要する場合のほか、保険金請求に必要な書類が会社の本社に到着してから五日以内に、本社で支払う。
(8) 団体月掛取扱特約付
(三) 北村敬子関係
(1) 保険の種類 新種特別養老保険
(2) 契約者 北村敬子
(3) 被保険者 信雄
(4) 保険金受取人 北村敬子
(5) 保険期間 昭和五二年二月一日から平成一九年一月三一日
(6) 保険金額 金六〇〇万円
(7) 保険金の支払時期 調査のため特に日時を要する場合のほか、保険金請求に必要な書類が会社の本社に到着してから五日以内に、本社で支払う。
(8) 団体月掛取扱特約付
3 その後、右(一)の保険契約については、昭和五六年一二月三日、契約者が原告から信雄に変更され、また(二)の保険契約については、右同日、(三)の保険契約については、同月七日、いずれも契約者がそれぞれ北村智子(黒部智子)、北村敬子から信雄に変更されるとともに、保険金受取人がそれぞれ北村智子(黒部智子)、北村敬子から原告に変更された(以下右の各保険契約を「本件保険契約」という)。
4 被保険者である信雄は、平成七年二月一日死亡した。
5 原告は、平成七年二月二三日頃、被告に対し、本件保険契約に基づき死亡保険金合計金一八〇〇万円から保険料立替金合計金八〇七万二一五一円を控除した金九九二万七八四九円を支払うよう催告した。
二 原告の主張
1 本件保険契約に基づく保険金支払請求
前記争いのない事実等に記載のとおり本件保険契約が成立し、被保険者である信雄が死亡したのであるから、被告は本件保険契約の保険金受取人である原告に対し本件保険契約に基づく死亡保険金を支払う義務がある。
2 準委任契約に基づく損害賠償請求
(一) 昭和五八年頃から被告の外務員である河辺泰子及び当時被告従業員であった力丸純二は信雄宅に出入りするようになり、以後同人らは、信雄及び原告らのために本件保険契約を含む信雄と被告間の保険契約につき、右契約が失効しないように保険一覧表を作成して保険料を現金で支払うか、自動貸付制度を利用するか等保険料の支払方を管理してきた。そして、右両名は、右管理行為の一環として被告保険保全課担当者に対し信雄の保険が失効することのないように随時、確実な通知を右両名らに対しなされたい旨を再三にわたり要請し、右の担当者もこれを承諾し、現実に必要で正確な情報を右両名に渡し、失効についても本社から通知があった場合にはその旨を河辺に知らせる旨を約した。したがって、信雄は河辺や力丸が本社又は支社から連絡があった場合は勿論、失効になる場合は必ず保険料の払込を促してもらえるものと認識してきた。
(二) 右の経緯からすれば、信雄と被告との間で、河辺及び力丸を介して本件保険契約を失効させないよう管理する旨の準委任契約が締結されたと解するのが合理的であり、被告には右契約に基づき本件保険契約が失効しないよう管理する義務があったというべきである。
そうすると、本件保険契約が被告の主張するとおり失効したとしても、それは被告において失効防止義務を怠ったことが原因であり、被告にその責任があることは明らかである。
したがって、被告は右義務違反による債務不履行により原告に対し本件保険金相当額の損害を賠償する義務があり、原告は、民法四一五条に基づき、被告に対し右損害の賠償を求める。
3 使用者責任に基づく損害賠償請求
(一) 仮に被告との間で準委任契約が成立しなかった場合には、右契約は河辺及び力丸との間で成立することになるが、本件保険契約が失効したとすれば、それは右両名が前記管理義務を怠った結果であり、右両名は民法七〇九条に基づき各自本件保険金相当額を受取人である原告に対し賠償する義務があるところ、被告は右両名の使用者として、原告に対し、民法七一五条一項に基づき本件保険金相当額を賠償する義務がある。
(二) 仮に右両名との間で準委任契約が成立していなかったとしても、右両名は長年にわたり本件保険契約を失効させないようその事務を信雄に代わって管理してきたものであり、善良な管理者の注意をもって本件保険契約を失効させないよう管理する義務があるところ、右両名はこれを怠り、本件保険契約を失効させた。
したがって、被告は右両名の使用者として、原告に対し、民法七一五条一項に基づき本件保険金相当額を賠償する義務がある。
三 被告の主張
1 本件保険契約に基づく保険金支払請求について
(一) 本件保険契約に関する法律関係は、本件保険契約の約款に基づいて律せられるところ、本件の新種特別養老保険普通保険約款(以下「本件約款」という)によれば、「(第二回以後の)保険料払込については、払込期日から二か月の猶予期間があります。保険料の払込がないままで、猶予期間が過ぎると、契約は、猶予期間満了の日の翌日から効力を失います。契約が失効した場合には、会社(被告をいう。以下約款等を引用するときはこれに同じ)は、解約返還金と同額の返還金を解約返還金の払戻の規定に準じて契約者に払い戻します。」と規定されている(本件約款四条)。
(二) 信雄は、本件保険契約締結以来、被告に対し保険料支払債務を負い、当初は本件保険契約が団体月掛取扱特約付であったため、保険料の払込方法は、毎月団体の代表者が取りまとめて、会社の指定した日までに払い込む方法(持参債務)であった。しかし、昭和五七年七月分の保険料の支払がないまま、その猶予期間が経過したため、本件保険契約の団体月掛取扱特約は失効した。したがって、この時点で本件保険契約の払込方法は、原則に戻り、「会社の本社または会社の指定した場所」に払い込む持参債務になった。
(三) ところで、保険料の払込がないままで、猶予期間を過ぎた場合でも、解約返還金があるときは、契約者の申出がなくても、会社は自動的に保険料相当額を貸し付けて、保険料の払込に充当し、契約を有効に継続させる保険料の自動貸付制度がある(本件約款七条)。この自動貸付は、当該契約の解約返還金額が貸し付ける保険料相当額の元利金を上回る場合にのみ可能であるから、解約返還金額が貸付保険料相当額の元利金合計額を下回るようになった場合は、利用することができず、保険契約者から保険料の支払(持参債務)がなされない限り、保険契約は失効することになる。
しかして、被告は、本件約款に従い、昭和五七年七月分の保険料から保険料の自動貸付を行った。その後も信雄から保険料の支払がなかったので、被告は、平成六年一月分まで保険料の自動貸付を行った。そして、平成六年五月、被告が本件保険契約について自動貸付が可能か判定したところ、一年分の保険料の自動貸付は不可能であったが、半年分の保険料の自動貸付は可能であったため、本件保険契約について半年分の保険料の自動貸付を行った。
信雄は、自己の保険料支払債務の履行方法として、いわば本件保険契約の解約返還金から保険料を支払う形をとって、その債務を履行してきたが、この履行方法は、解約返還金がなくなれば利用できなくなるのであるから、保険料支払義務を負っている者としては、自己の責任において債務の履行が可能かどうかについて確認すべきである。信雄としては、保険料支払義務を負っている以上、その履行方法として自動貸付制度を利用しようとするからには、自己の責任において解約返還金の残高を確認するなり、調査をして自己の債務が不履行にならないよう常に注意すべきであった。
(四) しかし、本件保険契約については、平成六年八月分より保険料の自動貸付による立替払いができなくなり、しかも信雄から保険料の払込がなされなかったため、同年一〇月二日本件保険契約はいずれも失効した。
(五) もっとも、自動貸付による立替払いがなされた場合に、その処理は、契約応当日の翌々々月第二週末に行われ、その後「お立替えのお知らせ」通知が作成される。作成は、郵便番号順、証券番号順に従い、リストは作成順に記載される。リスト作成後、右立替通知が発送される。右立替払いの通知は、立替払いがなされる都度発送される。また立替可能期間の最終月には、「保険料お払込み再開のおすすめ」という入金再開勧奨通知が作成される。これについても立替通知と同様にリストが作成され、リスト作成後右通知が発送される。
立替払いができなくなった場合には、対応月の翌々々月第二週末に再度立替判定を行い、立替えが不可能である場合には、失効処理を行う。その後「ご継続のおすすめ」という失効通知が作成される。その作成は、「お立替えのお知らせ」と同様、郵便番号順、証券番号順に従い作成され、作成順にリストに記載される。リスト作成後「ご継続のおすすめ」が送付され、右通知には簡易「復活申込書」が同封される。右簡易復活申込書が同封されるのは、失効後三か月に限り簡易復活制度が認められているためである。
なお、失効返還金がある契約については、右「ご継続のおすすめ」通知作成後の三か月後の第二週末に「復活のおすすめ」を作成する。これについても、「お立替えのお知らせ」と同様に、郵便番号順、証券番号順に作成され、リストに記載される。その後被告から保険契約者に対し、送付される。
(六) 信雄は、昭和五七年七月分から平成六年八月分まで立替払制度を利用しており、その都度被告から信雄に対し立替通知が発送された。
そして、被告は、平成六年五月一七日、本件保険契約について「お立替えのお知らせ」を作成し、同月二六日、信雄宛に発送した。右書面には「年払保険料にてお立替えできませんでしたので、半年払の保険料をお立替えし、ご契約を有効に継続いたしました。」「今回はお立替えできましたが、このままにしておかれますと以後のお立替えができず、ご契約の効力が失われます。」「ご契約の効力期限日(10月1日)が間近にせまっておりますので、今後のご継続につきましては至急右記ご照会先までご連絡下さい。」との記載がなされていた。
被告は、同年七月二六日、「保険料のお払込み再開のおすすめ」通知を信雄宛に発送した。この通知書の下方の保険料お払込み再開のお申し出がない場合のお取扱い欄には「6年10月1日までに再開のお申し出がございませんと ご契約は、<1>効力が失われます。」との記載があった。
被告は、同年一一月一六日、失効通知を作成し、同月一七日、信雄宛に発送した。
信雄は平成七年二月一日死亡したが、本件保険契約には、いずれも失効返還金が存在したため、被告は、同月一五日、「復活のおすすめ」を作成し、同月一六日、信雄宛に発送した。
このように、被告は、失効制度の本質からして失効する旨の予告通知、未払保険料の支払催告等をなす法的義務はないのであるが、顧客サービスの観点から、信雄宛に立替通知、失効予告通知等を発送した。
2 準委任契約に基づく損害賠償請求について
河辺が本件保険契約等に関し、保険一覧表を作成し、右保険契約の維持・保全につき助言していたことは認めるが、信雄が河辺及び力丸を介し被告との間で準委任契約を締結したとの事実、河辺らが本件保険契約を失効させたとの事実は否認し、その余は争う。被告は、信雄との間において、原告主張の準委任契約を締結したこともないし、河辺及び力丸は右契約締結に関し被告を代理する権限はなかった。
河辺らは、信雄宅に以前出入りしていた保険営業職員から原告らの紹介を受けて出入りするようになった際、被告から送られて来る通知を見てくれと頼まれ、行きがかり上、一覧表を作成し、その通知の内容、保険契約の現況を信雄及び原告らに説明していただけであり、これは法的責任を負わせるような管理契約などというものではなく、河辺らの好意によってなされたものである。
3 使用者責任に基づく損害賠償請求について
信雄と被告との間で本件保険契約を失効させないよう管理する旨の準委任契約などが締結されていないし、その不履行などもなく、ましてや河辺らに不法行為責任などない。これらの事実から、被告の使用者責任を導き出すことはできない。
四 被告の主張1に対する原告の反論
1 本件保険契約については、民法五四一条が適用され、本件保険契約を失効させるには被告による保険料支払の催告が必要であり、したがって、また保険料の未払いにつき信雄の帰責性が要求されるというべきである。
すなわち、本件約款四条の規定は、せいぜい保険料払込の画一的猶予期間(催告期間)、これに伴う契約失効期日、失効後の返還金の払戻義務を確認したものに過ぎず、右条項の文面上から民法五四一条の適用を排除した旨を読み取ることはできない。そして、特に長年被告の担当者が失効防止を含めて管理してきた本件保険契約においては、民法五四一条は当然に適用され、したがって、本件保険契約を失効させるには、被告から支払期限の変更を含めて自動貸付ができなくなった旨、すなわち保険料の支払を要する旨の通知(催告)と被告による保険料の取立行為がなされ、それにもかかわらず、契約者が保険料を支払わないことを選択したという前提事実が主張・立証されなければならない。
そもそも、本件保険契約における保険料払込方法については、当初から被告の集金行為に対して支払う(取立債務)との合意がなされている。そして、契約期間の途中より被告の営業職員の勧めに応じて信雄は保険料の自動貸付制度を長年利用してきた。そのため、以後は被告の集金行為が行われなくなったが、自動貸付制度を利用することになったとしても、本件保険契約の保険料支払債務が取立債務であることに変更はない。すなわち、右自動貸付制度自体は、保険契約者による保険料の払込がないまま猶予期間が過ぎた場合に、保険契約者の申出によらずに解約返還金の範囲内で自動的に利息を徴して保険料相当額を貸し付けて保険料の払込に充当し契約を有効に継続させる制度にしか過ぎず、当初の合意内容を変更したり、被告の集金行為を不要とするものではない。右制度による貸付ができなくなった場合にも、契約は継続し、保険料の支払は免除されないのであるから、その支払方法は当然に被告の集金行為を必要とするものというべきである。
したがって、被告による保険料支払の催告や取立行為が行われていない以上、信雄は保険料の支払につき履行遅滞の状態に陥っていなかったというべきであり、被告は本件保険契約の失効を主張することができない。
2 被告は、信雄宛に立替通知、失効予告通知等を発送したと主張するが、被告の右主張には信憑性がない。すなわち、もし、被告主張の右通知処理がなされたとすれば、各通知は同じ内容のものが三通送付される筈であるが、いずれの通知も原告らが紛失したり、破棄することはあり得ず、また被告から送付された開封されない通知を河辺や力丸において点検、確認する際、両名がいずれも見落としてしまうことはあり得ない。
したがって、これまで一年間分の立替払いができたところ、急濾半年の立替払いになったことや、信雄の保険のうち本件保険契約のみ立替不能になったことを併せ考えると、被告は従前と状況が変わったことに対応できず、信雄に対する立替不能の通知、保険料払込の勧奨を怠ったとみるのが合理的である。
五 争点
1 本件保険契約の失効の成否
2 信雄と被告との間の準委任契約の成否
3 被告の使用者責任の成否
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 《証拠略》によると、保険料支払の場所に関し、本件約款四条には「保険料は、会社の本社または会社の指定した場所に払い込んでください。」と規定されており、また本件保険契約は団体月掛取扱特約付であるところ、右特約条項二条には「保険料は、毎月団体の代表者が取りまとめて、会社の指定した日までに払い込んでください。保険料の払込は、団体の代表者が、会社に払い込んだ日をもって払込のあった日とします。」と規定されていることが認められる。
右によると、本件約款四条の規定は保険料支払債務に関し持参債務の原則を定めたものであることは明らかであり、特約条項二条の規定もまた同様の趣旨を定めた規定であると解されるから、本件約款及び特約条項は本件保険契約の保険料支払債務が持参債務であることを明示したものというべきである。
原告は、本件保険契約における保険料払込方法について、当初から被告の集金行為に対して支払う(取立債務)との合意がなされていたと主張するけれども、右事実を含め被告が信雄宅に集金人を派遣するなどして保険料を徴収していたことを認めるに足りる証拠資料はないから、本件保険契約の保険料支払債務が取立債務である旨の原告の主張は採用できない。
2 ところで、その経緯はともかく、信雄が昭和五七年七月分の保険料から保険料の自動貸付制度を利用し、その後平成六年五月には、一年分の保険料の自動貸付ができず、半年分の保険料の自動貸付は可能であったため、半年分の保険料の自動貸付が行われたところ(この事実は原告において争わない)、本件約款四条には「第2回以後の保険料払込については、払込期日から2か月の猶予期間があります。保険料の払込がないままで、猶予期間が過ぎると、契約は、猶予期間満了の日の翌日から効力を失います。」と規定され、また特約条項三条には「月掛保険料の払込については、猶予期間は1か月とします。」と規定されている。
しかして、信雄は平成六年八月分より保険料の自動貸付が利用できなくなったのであり、したがって、遅くとも払込期日から二か月の猶予期間が満了する同年一〇月一日までに本件保険契約の保険料を払い込む必要があったのに、右期日までに被告に対し保険料の払込をしなかったのであるから、本件保険契約は同年一〇月二日をもって失効したものといわざるを得ない。
もっとも、この点について、原告は、本件保険契約については、民法五四一条が適用され、本件保険契約を失効させるには被告による保険料支払の催告が必要である旨主張するけれども、本件約款等の規定に照らし、原告の右主張は採用できない。
3 そうすると、本件保険契約は平成六年一〇月二日をもって失効したものといえるから、原告の本件保険契約に基づく保険金の支払請求は理由がない。
二 争点2について
1 前記争いのない事実等に《証拠略》を総合すると、信雄は、原告肩書住所地において北村医院の名称で耳鼻咽喉科の開業医をしていたが、昭和三七年一一月頃から被告の保険契約に加入するようになったこと、その当時の被告の担当者は保険外務員である谷島三四司であったが、その後信雄は谷島に勧められ多数の保険契約に加入したこと、原告、黒部智子及び北村敬子が被告との間で昭和五二年二月一日信雄を被保険者として締結した本件保険契約も谷島が担当したものであったこと、そして、信雄は、谷島から本件保険契約を含め保険料の払込方法について保険料の自動貸付制度の利用があることの説明を受け、本件保険契約について昭和五七年七月分から保険料の自動貸付を利用するようになったこと、しかし、保険料の自動貸付は、当該保険契約の解約返還金額が貸し付ける保険料相当額の元利金を上回る場合にのみ可能であり、解約返還金額が貸付保険料相当額の元利合計額を下回るようになった場合には、保険料の自動貸付はできない仕組みになっていることもあって、開業医として多忙な信雄は、十数件もの保険に加入していることなどから、谷島に対し、保険契約が失効したりすることがないよう保険の維持管理を依頼したこと、右依頼を受けた谷島は一覧表などを作成して保険料の支払方等の管理などを行っていたが、信雄は、被告から送付される立替通知等の郵便物を開封することなく保管し、谷島が来訪した際に、右郵便物を開封してその内容を確認してもらうなどしていたこと、その後昭和五八年頃谷島は被告を定年退職したため、同人に代わって河辺と力丸が担当するようになったが、河辺らも信雄から保険の数が多く、被告より立替通知が沢山送付されてくるので訳が分からなくなることや自動貸付による保険金の目減りを知りたいこと等の理由でその点検を含め保険の維持管理を依頼され、前任者である谷島と同様に本件保険契約を含む信雄の保険や原告ら家族の保険について一覧表を作成した上、被告から送付されてくる立替通知等の郵便物を開封して一覧表と照合するなどして保険金の目減りの状況を確認したり、失効する保険がないか等点検して保険の維持管理を行っていたこと、そして、河辺らは、年五、六回程信雄宅を訪問して右のような処理を行っていたこと、以上の事実が認められる。
2 右認定事実を前提に検討するに、信雄は、本件保険契約の保険料の払込方法につき保険料の自動貸付制度を利用していたところ、この制度は解約返還金額が貸付保険料相当額の元利金合計額を下回るようになった場合には、利用できない仕組みになっており、保険料支払義務を負っている者は、その履行方法として自動貸付制度を利用しようとするからには、自己の責任において解約返還金の残高を確認するなり、調査をして自己の債務が不履行にならないよう常に注意すべきであると被告が主張するように、信雄においても河辺らを通じて確認する以外に解約返還金の残高等を確認する術を持ち合わせていなかったと推測されるから、そのようなことから河辺らに対して保険契約が失効しないよう保険の維持管理を依頼したものというべきであり、河辺らから保険が失効になる場合は保険料の払込を促してもらえるものと認識していたと推認されること、そして、実際に河辺らは本件保険契約を含む信雄の保険について失効する保険がないかどうか等点検していたことからすると、河辺らにおいても信雄の保険が失効しないようその維持管理に当たっていたものと認められること等の事実関係にかんがみると、昭和五八年頃には、河辺らを介して信雄と被告との間で保険契約が失効しないよう保険を維持管理する旨の準委任契約が成立したものと認めるのが相当である。
そうすると、被告には、右の準委任契約に基づき、河辺らをして本件保険契約が失効しないよう維持管理すべき義務があったというべきであり、被告はかかる義務違反により本件保険契約を失効させてしまったものといえる。したがって、被告は、本件保険契約の保険金受取人である原告に対し、本件保険契約が失効したことにより原告が被った本件保険金相当額の損害を賠償する義務がある。
3 もっとも、《証拠略》によると、保険料の自動貸付がなされると、被告は、保険契約者に対し、年払契約の場合には払込期日の翌々々月の第二週末に立替通知を作成し、これを発送するようにしていること、本件においても、被告は、平成六年五月一七日立替通知を作成し、同月二六日信雄宛に発送したものと推認されること、右立替通知には「年払保険料にてお立替えできませんでしたので、半年払の保険料をお立替えし、ご契約を有効に継続いたしました。」「今回はお立替えができましたが、このままにしておかれますと以後のお立替えができず、ご契約の効力が失われます。」「ご契約の効力期限日(10月1日)が間近にせまっておりますので、今後のご継続につきましては至急右記お問合せ先までご連絡ください。」との記載がなされていること、その後被告は、同年七月二六日「保険料お払込み再開のおすすめ」という通知を信雄宛に発送したものと推認されること、右通知書面の保険料お払込み再開のお申し出がない場合のお取扱いの欄には「6年10月1日までに再開のお申し出がございませんと ご契約は、<1>効力が失われます。」との記載がなされていたこと、また被告は、同年一一月一六日「ご継続のおすすめ」という失効通知を作成し、同月一七日信雄宛に発送したものと推認されること、更に本件保険契約には失効返還金が存在したため、被告は、平成七年二月一五日「復活のおすすめ」という失効通知を作成し、同月一六日信雄宛に発送し、右通知はその頃信雄宅に到達したこと、以上の事実が認められる。
右によると、信雄ないし原告は、被告から信雄宛に発送された立替通知、「保険料お払込み再開のおすすめ」及び「ご継続のおすすめ」という失効通知の送達を受けたものと推認される。そして、信雄は、前示のとおり保険の維持管理を河辺らに委ねていたとしても、被告から送付されてくる郵便物の中には保険契約の失効を予告する等保険契約に関する重要事項が記載されたものがあることは十分承知していたものと認められ、これらの書類を開封して内容を読んでいたならば、容易に本件保険契約の失効を阻止することができたといえるから、本件保険契約が失効したことについて原告らにも過失があったことは否定し難いところである。これらの事実関係等本件に顕れた諸般事情を総合勘案すると、過失相殺として本件保険契約が失効したことにより原告の被った本件保険金相当額から四割を控除するのが相当である。
そうすると、被告が原告に対し賠償すべき損害額は、金五九五万六七〇九円(同未満切捨て)となる。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、金五九五万六七〇九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成七年一〇月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は失当として棄却を免れない。
(裁判官 山崎 勉)